勤 行 の 意 義 と 心 得 



日頃仏壇に向かって手を合わす事を「勤行」(おつとめ)という。そこで私たちは、神仏を始めご先祖の霊に、報恩の念を形を以って現すことに由り加護を戴く。その加護により精神的な向上があり、日々の生活に潤いを持つことができる。昨今の世情を見ると、知育のみを重視した教育の歪みの狭間から、さまざまな事件が起こっている。人は知識と情操を鳥の双翼のごとく共に磨いてこそ、物心両面にわたり豊かな人生を歩むことができる。

日々、神仏に向かうことにより知らず知らずの内に、自己中心的な堅くなった心を耕して、潤いのある豊かな心に変えることができる。

本尊と共に生きているという自覚をすることにある。
毎日同じことの繰り返しであるが、続けることにより次第に心が浄化されてくる。
煩悩を驚覚し菩提心を目覚めさせる。
理解しようと読むのではなく、読誦しているうちに、その時々の自分自身の住心に応じて解ってくる。
経典の理解とは知的な解釈をいうのではなく、日々の生活の中での心的深まりの度合いをいう。
智恵を磨くとは日々を菩薩行に生きること。
お経は書いてあるのを見るだけでも有りがたく、聴くだけでも有りがたいことである。まして読むことにおいてをや。
読んで自分で聴き、周囲にも聞かせる。経典の黙読はしない。
読み方は、一字一字丁寧に雨垂れの滴るように、同じ調子で読む。自然に声を出し、決して無理をした声を出さない。 

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